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洋裁を始めた頃のこと・母

ウェディングドレス店長のご挨拶

洋裁、、それは結構めんどくさいものだ。好きになる時までは。

最初のヤマは、製図だ。
私が始めた頃は、今のように、実物大型紙、なんてついてなかった。
ま、ついていたとしてもイレギュラーな私には使えなかったろうが、、
線の引き方からカーブの付け方まで、母にいちいち訊いて、少しずつ仕上げていく。
さすが母親、私の体に合う製図の引き方を知り尽くしている。

でも、その頃ははじめたばかりでそんなことには気づかない。

『この本の通りにすると、お前だとおしりばっかり目立つよ』
『ここのカーブは、お前にはきつすぎる。直線でもいいくらいだよ』
・・・正直に言おう。私はふくれた。だって、本に書いてあるんだよ、そのほうが新しいんだよ。。。

『まず、お母さんのでやってごらん。本の通りに直すのは後でやってあげるから』

(お母さん、偉いなぁ。私も将来子供にこう言えるだろうか?)

『わかった。お母さんの通りにやるから、責任もってよね』
・・・母は笑った。そりゃそうだ、ぜーーったいにやり直しなんて無いんだもんね。

一着一着、仕上がるたびに、先生の言うとおりなのがわかってくると、もう反抗する気が消える。ふくれたコドモから弟子に昇格だ。

足踏みミシンにもなれてくると、スカートだけじゃなくて他のも縫いたくなってくる。毎月、SO-ENを買ってきてはあれこれ考える。相談員はもちろん母だ。

『これ難しいかなぁ』って訊くと、たいていの答えはこうだ。

『難しくはないよ。ただ、面倒くさいだけ。やるなら教えてあげるよ』

これは本当だった。私のやっている洋裁は、自分の服。突拍子もない技術は必要ないのだ。めんどくさがると、いまいち安っぽい服になる。細部まで手を抜かなければ、ちゃんとした服に仕上がっていく。面白いくらいだ。

また、母で思い出すのは、洋裁用の生地には気前が良かったことだ。

父は、私が中2のときに他界した。大黒柱をなくすと、生活保護か、ってくらいな時代だった。私はなるべく出費がないように、質素な生活をしようと、子供心に決めていた。幸い、周りの方のおかげで母は近くに勤めることができ、親子3人暮らしていくのは大丈夫になっていたが、おしゃれな服を買ってもらうことは出来なかった。単発でバイトしたり、小遣いやお年玉!でバーゲンを狙って買ったりしていた。

そんな暮らしだったのに、近くのユザワヤに行くと、
『自分で縫うならいいよ、買ってあげるよ。どうせならもっといい生地にしなさい』
と言うのだ。
『いい生地を買えば、素敵にしようと思って一生懸命縫うけれど、特売の一番安い生地で縫うとやっぱり安っぽくなって、せっかく縫ったのにつまらないでしょう。』

つまり、素敵な生地なら、めんどくさいこともめんどくさくなくなる。そうすれば、素敵な服が出来上がって、みんなから褒められる。褒められれば、嬉しいし、素敵な服がまた作りたくなる、、というすごくいい循環になるのだ。

母の作戦だったのかもしれない。私はおもいっきりこの循環にのり、洋裁が大好きになった。


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